saudade −サウダージ− ♯33 疑問
「心が不安定になっているな」
声のした方を振り向けばそこには例のあの人と呼ばれ、人々に畏れられる彼の人物がいた。
「久しぶり、とでも言えばいいのかしら?」
彼は前は毎日のように夢に現れては自分を困らせていたというのに今ではそれがめっきりだった。
期限まではまだ幾ヶ月ある。それなのに突然何の用だと言うんだ、とは皮肉を込めてふっと笑う。
「ククク…俺様とて忙しい身なのだぞ。呪いをかけた以上、俺様が此処に来る必要性はない」
「じゃあなんで来たの?」
「おかしな事を聞く。俺様を呼び寄せたのは貴様だろう」
が何を言うんだ、とばかりに眉を潜めてやればヴォルデモートは高笑いを始めた。
「お前が無意識の内に呼んだんだ」
――私が……?
「血とは恐ろしい物だな、こんな繋がりも築ける」
そう、それは切っても切れない繋がり。
恐ろしい程に自身に巻き付き、生涯に渡り離れることはない。
「うるさいわよ。それ以上口にしないで」
「嫌か?その血が」
「嫌じゃない、と言ったら嘘になるでしょうね」
「家族が憎いか」
その質問には顔を逸らした。
憎い。
確かに否定は出来ない。
自分は彼らを恨んでいるし憎んでいる。
でも、それ以上に無条件に彼らを愛していた。
だって何があったって私という存在をこの世に授けてくれた人達なんだから。
はっきりとした言葉を選べなくて俯いたを一瞥してヴォルデモートは続ける。
「皮肉なモノだな。その血さえなければ今こんな目にはあっていないのにその血があったからこそお前はあそこで生き残れたのだから」
「そうね…皮肉な物ね、とても……」
は自嘲気味な笑みを零す。
自分自身でもよく分からない。
この血族に生まれてよかったのかどうかなんて。
死ぬ時になったら分かるだろうか。
死、その時アーリアの笑顔が脳裏に浮かんだ。
彼女の事はあまり好きじゃなかった。
自らからシリウスを奪った張本人だ。きっと許す事はない。
でも、彼女はただシリウスを愛していただけなのだ。
そう、ただそれだけなのに……。
「どうして…貴方はアーリアを殺したの?」
そうか、私はアーリアの事を問い質したくて無意識の内にこの人を呼んでいたのか。
漸く合点がいった。
だが予想外にもヴォルデモートは不意を突かれたような顔をする。
「なんの事だ?」
「惚けないでよ。貴方なんでしょう?彼女、アーリア・フォールを利用するだけ利用して要らなくなったら殺すだなんて」
酷い、そう続け睨みつけようとするが彼は考えるように細く長い手を顎の辺りに添え、考える仕種をしている。
「そんなでっちあげ、誰に吹き込まれた?」
「しらばっくれるつもり?残念ね、ダンブルドアが夕食中に貴方が殺した…って………え?ちょっと待ってまさか嘘なの?」
「俺様があの女を殺す必要が何処にある。たしかにブラック家の長子を惑わすように唆しはしてやったがそれ以外は一切関与していない。何度も言っているだろう。俺様は忙しいんだ。そんな暇はない」
全身から血の気が引いて行くのを感じた。
「じゃあ彼女は…」
「何なら明日ルシウスを遣いに出してやる。奴なら裏ルートで直ぐにそいつの死因について詳しく調べられる」
「…いいの?」
混乱する頭を必死に纏めて搾り出した声はあまりに弱々しい物だった。
「別に構わん。これで一つお前がこちらに傾くなら安い物だろう?」
「私は、靡かないわよ」
「煩い小娘だな。他人の厚意は大人しく貰っておけ」
見た事のない、いつものニヤつき顔とは違う朗らかな笑みを浮かべるヴォルデモート。
こんな笑い方も出来るのか。
彼があまりにも人間らしい笑い方をする物だから勘違いしてしまいそうになった。
もしかしたら彼は……
2012.7.24.TUE 朔