「前にリーマスがあの場所について聞いて来た事があったろ?」

リーマスはあの時の事を思い浮かべた。
そういえばそんな事もあった。確かに記憶にある。



saudade −サウダージ− ♯30     違和感








「あの日からずっと何かが引っ掛かってた」

の事を嫌いになった訳ではなかった。
ただアーリアがよく声をかけてくるようになってから彼女の方と一緒にいる事の方が増えて来て気が付いたら彼女を愛しいと思うようになっていた。
親同士が決めた婚約なんて真っ平だと思っていたシリウスがこいつが婚約者なら構わないと思い始める程に。

「でも、いつも何処かに違和感を感じていた」

考えたってシリウスには分からなかったしそこまで気にする事でもないと判断し深くは考えずにいた。
しかしリーマスにあの場所を聞かれてからそれが顕著になったのだ。

場所はうろ覚えだがなんとなくは思い出せた。
だが、合言葉は全く思い出せない。
一応学年次席として記憶力には自信があったのだが最初の頭文字すら出でこない。

――俺はなんて合言葉にしたんだ?なんで思い出せない?当時はあんなにが…が?

その時ふとベット脇にある机の引き出しが妙に気になった。
特に何か意味のある行動だった訳ではない。
幾人もの人々に使い回されだいぶ古びて来ている引き出しに自然に手が伸びていた。
木製のそれは少し軋む音を立ててつっかえながらも無理に開かれる。
シリウスは中に入っていた物を一つずつ丁寧に取り出して行った。
一番手前に入っていたのはゾンコで初めて買った悪戯道具だった。
確かこれで自分は悪戯の味をしめたのだ。
そう思うと感慨深い一品だ。
シリウスは小さくニヤリと口端を上げ、それを机の上に丁寧に置いた。
次に手に取ったのはブラック家から送られて来た手紙の数々。
一度上がった口端を下げ、不機嫌そうに机の上へ放る。
家出をしてからはこなくなったがそれまでは毎日のように来ていたご丁寧にブラック家の蝋印が押されたそれ。
中はブラックに恥じぬ行いをしろだのなんだのと言うのを馬鹿馬鹿しいまでの他人行儀さで書いてあったが最後の一文には必ず『身体を冷やさないように』だのとシリウスを気遣う言葉が入っていたから彼はどうしてもそれらを破り捨てる事は出来なかった。
いくら素行が悪かろうとも、純血一族の恥であろうとも自分は彼らの息子なのだ。

だからこそ彼らには分かって欲しかったのに、という思いは届かず、シリウスは小さく唇を噛んだ。

その次に取り出したのは殴りがきがされた大量の羊皮紙。
メモ帳代わりにでも使ったのだろう。
授業中にこっそり会話をする為に使った物から魔法の理論や悪戯案まで様々だった。

一枚一枚興味深げに眺めていると紙の間に挟まっていた何かがコロンと机の上に転がり落ちた。

いったい何かと手を伸ばそうとして寸前でシリウスの手がぴたりと止まる。

それは幼少の頃、自らがに渡す為に買った子供用の指輪だった。

脳裏にの顔が浮かんでは消える。
入学前、パーティーで出会った彼女は何処か人に怯えていた。でも俺が話かける事によって徐々に笑う事を覚えて行った。しかし何故か彼女はある時から突然姿を表さなくなった。
入学後、彼女との再開を果たしたが俺は自分の事など忘れられているのではないかと怖くて中々話し掛ける事が出来なかった。ホグワーツ一年目を終える辺りで漸くジェームズのリリーへのアタックを通してとの接点を持つ事に成功したが向こうも入学前の事については触れて来なかったし自分の事など忘れられてしまったのだと気付く。
だから指輪は幼少の思い出と一緒にこの引き出しの中にしまった。
第一もう大きくなってしまったしあんな指輪など入らないだろう。
意気地無しな自分にそう言い訳した。
でも数年経って俺の思いは報われた。
俺はただただ嬉しくって、舞い上がって隠し部屋まで作ってしまった。
しかも合言葉は
あぁ、そうだ。思い出した。

『I love you』

当時を思い出すと同時に脳裏に映る彼女の姿にシリウスは胸が押し潰されそうになった。
何故こんなにも彼女が愛しい気持ちを忘れていたのか。

次席によって導かれた答えは単純な物だった。


なんらかの方法による人物対象のすり替え魔法。


誰が犯人かも直感で分かった。
アーリアだ。
でもアーリアを咎める事は出来なかった。だって彼女は病人。
それに長い間一緒にいた訳で魔法にせよなんにせよ情が移っていたというのもある。
彼女の病は精神も深く関係してくる物なのだから今自分が彼女の元を離れれば病状は悪化するだろう。
だから現状を維持して気付いていないフリをするしかなかった。

だが先日、に呼び出されて抑え切れない自分の思いに気付いた。
それと同時にアーリアをけなすような事を言ったに引っ掛かりを覚えた。
しかしシリウスはそんな引っ掛かりは頭の隅に追いやりアーリアがいないのをいいことにとの接点を取り戻そうとよく話しかけるようになった。
しかし帰還したレギュラスとの騒ぎに妙に胸がざわついた。
の言っていた言葉がやけに頭の中でこだましするのだ。




――『彼女は病気なんかじゃない!貴方は騙されているのよシリウス!』










ジェームズにはっきりするよう言われたあの日、シリウスはアーリアを問い質した。



『嘘だよな、アーリア』

俯いて押し黙った後不気味に笑い出すアーリア。

「あははっばっかみたい!そうよ!私は病気なんかじゃないわ!今までずっと貴方の事を騙してたのよ!いいじゃないどうせあの子は死ぬんだから!」

アーリアは狂喜じみた笑い声を上げながらゆっくりと顔をあげる。
彼女の笑いは未だ治まらない。

「やっぱり、何か知ってるのか」

騙していた事に対する怒りもあったがの事についての疑問の方が頭を独占し、睨み付けるようにしながらアーリアが背にしていた壁をダンッと強く叩いた。

「し、知らないわよ。あたしは聞かされてないもの。ただ、あの子は死ぬのよ。あのお方がそうおっしゃった」
「誰だよ『あのお方』って」

アーリアはニヤッと笑みを深めただけで何も答えなかった。

「もういい…とにかく、俺らはもう別れよう」

これ以上の問答は無用だ。
諦めたように壁についた手を離し頭をかき上げる。
アーリアはシリウスの言葉に漸く我を取り戻したのか一気に顔から血の気が引いて行くのが分かった。

「え…い、いやよ…待ってシリウス。ちゃんと話し合えばシリウスも…」

シリウスに向かって適度に細く綺麗な手が伸びる。
だが、

「いい加減にしろよ」

パシッという渇いた音と共にそれは遮られた。

「じゃあな」

去り行くシリウスの後ろ姿を見詰め、アーリアは力無く地面にへたり込んだ。

振り返らない彼の瞳から雫が零れ落ちていたのを彼女は知らない。













「俺はずっとアーリアに魔法薬を盛られていた」

魔法に気付いた時、調べてみたところ2、3週間に一度、効果が切れる頃に彼女はシリウスの食事などに薬を混ぜていた事が分かった。
そう長く効く物ではなかった為、副作用が出にくく、気付かれにくかったのだ。

あの薬は学生に作れるような代物じゃない。
という事はアーリアが何処かしらから手に入れたという事になる。
それに加えて彼女は『あの方』と言っていた。
上流貴族でプライドの高い彼女がそう呼ぶくらいだ。相当な人物であろう事が予測出来る。
そんな人物、シリウスの思い付く限り、彼の人しか思い浮かばなかった。


「ヴォルデモート」


リーマスがその名にピクリと肩を動かした。

「あいつが関わっているんじゃないのか。アーリアの事にも、の事にも」

リーマスは驚いたように目を瞬かせる。
どうやら自分の推理はあながち間違っていないらしい。

「なぁ、リーマス。お願いだ。と話をさせてくれ」

頭を下げて懇願するシリウスにリーマスは困ったように頭をかいた。







――俺は、真実が知りたいんだ。

















約二ヵ月ぶりの更新とかなんなの?死ぬの?←
取り敢えず管理人は馬鹿なんじゃないかな。


2008.2.21.SAT  朔