「?大丈夫?」
部屋で待ってくれていたリリーが心配そうに声をかけてくる。
「えぇ、大丈夫よ」
「怒ってるみたいだけど…」
「怒ってなんかない!」
私が怒鳴りつけるように叫ぶと彼女は身を縮めてごめんなさい、と謝った。
そんな顔をさせたい訳じゃないのに。
「わ、私の方こそごめんなさい…なんか苛々しちゃって」
「シリウスに何か言われたの?」
私は何に苛ついているのだろうか。
シリウスに対して苛々している訳ではない。
あぁ、そうか。自分に対して怒っているのか。
「シリウスは何もしてないの。私、自分に対して怒ってた」
下手な期待をして。
それが滑稽で、情けなくて、自分を叱った。
「よかったら何があったのか聞かせてくれる?私じゃ役には立たないかも知れないけれど聞いてあげられる事ぐらいは出来るから」
私は先程の事を一から全て話した。
「こういう時は泣いて良いのよ?」
「いやだなぁ今更泣くも何も…」
「」
語気を強めて言われればごまかせない。
「もう涙は枯れちゃったの」
「涙は枯れたりしないわ」
そう言ってリリーは頬を伝う雫ごと私を抱きしめてくれた。
温かくて、温かくて、余計に涙が溢れた。
「そう、みたい…ね」
リリーはまるで母親のようだ。
決して私の母親と酷似している訳ではないがこの包容力は世間一般に言う母親そのものなんじゃないだろうか。
私の母親も何の柵(しがらみ)もなく普通の家庭を築けていたらこんな感じだったのかも知れない。
「でも、おかしいわね。フォールの行動といいシリウスの行動といい…」
調度涙も止まった頃、眉を潜めてリリーが言った。
「何かありそうね」
私もそう思う。
明らかにアーリアの態度はおかしい。
でも、良いように期待するな、と脳が自然と歯止めをかける。
そう、良いように期待して損をするのは私なのだから。
翌日、朝食を摂るためにリリーと大広間に向えばそこにはもうシリウスが席についていた。
私は気まずさから気付かないフリをして通り過ぎようとしたのだが、突然座ったままの彼に手を捕まれた。
「…えっと、あの……」
掴んでいない方の手で頭をガシガシと掻いて言い淀むシリウス。
「お、おはよう…」
「…へ?あ、あぁ、おはよう?」
昨日の今日で何を言われるかと思ったがあまりにも意外な言葉に拍子抜けして間抜けな声が出てしまった。
私自身自分でも十分な程に驚いたと思うが隣にいたリリーはもっと驚いたようで口をポカンと開けている。
私の返事に満足したのかパッと手を離し、立ち上がる。
先程からずっと彼は俯いているので目は合わないが長めに伸ばしてある前髪の隙間から覗く表情は確かに綻んでいた。
「あー…俺もう食べ終わったから。じゃ、じゃあな」
「あ、うん」
「リリーも、じゃあな」
「…は?あ、えぇ」
呆然とした私達を残して彼は嵐のように去って行った。
いったいなんだったのだろう。
恐らく同じ事を考えているであろうリリーと私はお互いに大きく瞬きをした後、視線を送り合って首を傾げていると背後から突然誰かが声をかけて来た。
「どうしたの?二人とも。こんな所で立ち止まって」
この聞き慣れた声の主は、
「リーマス!」
「やぁ、おはよう」
「あら、おはよう。リーマス」
リーマスは多少笑顔を崩しながら私とリリーを交互に見比べる。
「な、なんだか懐かしい組み合わせだね」
苦笑い気味に言うリーマスに「色々あったんだよ」と返す。
さっきの出来事の衝撃がまだ抜け切らなくてろくな説明が出来そうになかったから。
「じゃあもしかして知ってるの?あー…えっと…あの事」
言葉を濁すリーマスにリリーはえぇ、と神妙な面持ちで答える。
「つい一昨日ね。それよりリーマス!今シリウスが挨拶をしてったのよ!」
一気に表情を変えて詰め寄るリリーに苦笑いで「挨拶くらいするさ」と返そうとしたリーマスの表情が固まる。
「なんだって!?」
彼の大声にその場にいた全員が振り向いた。
全員と言っても休暇中だし人数はほんの数人。
セブルスはいつも朝は早いから遠に寮に戻っているだろうしこれと言った面識のある人物はいない。
が、それでもあんまり目立つのは宜しくない。
リーマスは気まずそうに謝った。
「此処で話すのは些かまずそうね。何処か良い場所はあるかしら?」
「それなら私達がいつも使ってる空き教室があるから」
「そうなの?じゃあそこで私達が二人でいる経緯も含めて話しましょ」
取り敢えずご飯にしましょうか、という事で私達は席に着く事にした。
なんだこの初々しいふわっふわした感じ…。
2008.10.23.THU 朔