父親に理不尽な虐待を受ける毎日。
母親は父が怖いのか表立っては助けてくれない。
それでも、そんな少女にも楽しみな事がある。
それは、
「挨拶の仕方はわかっているだろうな、」
「はい、お父様」
貴族間で行われるパーティーだ。
少女、は周りの大人の挨拶を簡単に交わしながら外に出る。
勿論両親に言われたような形式的な挨拶をしたが大人もこんな子供相手に小難しい事を話しても通じないだろうと判断したのか、すぐに開放してくれた。
今は夏、太陽が猛威を奮う時期だ。
この暑さで太陽の下にいては日射病になってしまう。
屋敷から少しばかり離れた場所にそびえ立つように生えた木の下に行き、凸凹と所々地面から顔出す根の上に座り込む。
日の光を遮るにはもってこいの葉の茂り具合だ。
数分すれば屋敷の方から少年がかけて来た。
「っ!」
「シリウス!」
少年の名はシリウス・ブラック。
家もブラック家も名家の中の名家であり、二人はそこの長女と長男。
勿論屋敷を抜け出すなど言語道断の立場だ。
「ごめん、中々抜け出せなくてさ。暑かったろ?」
「ううん、ここ凄く涼しいし」
そうか、とはにかむシリウス。
二人とも大きいリスクを背負っているというのにパーティーが開かれる度に会っていた。
それ程この時間は二人にとって大切だった。
お互い唯一心が許せる相手であり、唯一心安らぐ相手なのだ。
「ねぇ、今日は何を聞かせてくれるの?」
は興味津々に顔を輝かせながらシリウスの方に身を乗り出すようにして聞く。
「そうだなー…最近知り合ったジェームズって奴がな」
なんでもシリウスは買い物先でジェームズという同い年の少年と知り合ったらしい。
その少年がかなりの変わり者らしいがそれがシリウスにはとても魅力的だったのだ。
シリウスは日が暮れるまでその少年について話し続けた。
それをはニコニコしながら聞いていた。
「シリウスはその子が大好きなんだね!」
「…んー?まぁ、な。いい奴だぜ!」
その表現が少々気恥ずかしいのかシリウスは顔をぽりぽりと掻きながら軽く視線を逸らす。
はそれを見てクスクスと笑いを漏らした。
シリウスと知り合って初めて本当に笑うという事を知った。
「私も会ってみたいなぁ…」
その子とも友達になれればもっと笑えるようになるかもしれない。
「会えるさ!あいつも11になったらホグワーツに行くらしいんだ。俺もホグワーツだしもだろ?」
「…多分私はお母様達の卒業した学校だと思う」
「ダームストラングか?」
は返事の代わりにコクン、と頷いた。
「そっか…じゃあ俺お前に手紙書くよ!ジェームズにもお前の事紹介してさ、文通しようぜ!」
「本当!?」
先程まで伏せられていた顔を勢いよくあげ、光を無くしかけた瞳をもう一度これでもかという程に輝かせた。
普段大人びたもこれなら歳相応の少女に見える。
「あぁ!」
ニカッと笑って小指を突き出すシリウス。
はそれが何を意味するのか分からずきょとんとした。
「指切りだよ、指切り!」
「ゆびきり?ゆびを切るの?」
「ちげぇよ。指切り知らねぇの?」
は何それ?というように首を傾げた。
「しょーがねぇなー。ほら、小指出せ」
よくわからないは言われるがままにシリウスに小指を差し出す。
差し出されたシリウスは自分の小指と絡み合わせて「ゆーびきーりげーんまーん」とお決まりの唄を唄い始めた。
「ゆーびきーった!」
シリウスの唄が終わると同時に指は放され、は放された手をじっと見つめた。
「…?ゆび、切れてないよ?」
「だから違うって。こうすると約束した事になんの」
そういう面に無知なにシリウスは呆れ気味に言った。
は少し考えた後何を思い付いたのかシリウスをちょいちょいと呼んだ。
招かれるままに近付けばちゅっ、と軽いリップ音が鳴った。
「………な、なななな何すんだよ!」
「え?これも約束の印じゃないの?前に読んだ本で約束するのにこうしてたよ?」
「そ、それは結婚する時だろ!」
シリウスは顔を耳迄真っ赤にして慌てている。
数年後の自分が今の光景を見れば「そのくらいで赤くなるな!」と自分を叱りそうだ。
「そうなの?じゃあ私達結婚しなきゃいけないの?」
「お、お前はいやか?俺と結婚すんの」
不安そうにの事を覗き込むシリウス。
自分は結婚したいぐらい好きなのに相手がそう思っていないか心配なのだ。
「ううん、シリウスとなら結婚したい」
のその一言に安堵して一気に顔を輝かせる。
「じゃあ今のは結婚の約束のちゅーな!もう取り消しは出来ないぜ!」
「うん!じゃあ私将来は・ブラック?」
「いや、でもお前ん家兄弟いないじゃん。ブラック家はレギュラスに任せて俺が婿に行った方がよくね?」
「じゃあシリウス・だ」
・ブラックもシリウス・もどちらも変な感じだと二人は無邪気に笑う。
一頻り笑った後、大木の向こうに見えた沈む夕日を切なそうに見つめてお互いがそろそろお別れの時間だと悟る。
月が昇ってからは大人達の夜会の時間。
自分達はそれぞれの屋敷に戻らなくてはならない。
「次はいつ会えるかな?」
「…し、シリウス!私ね…12月頃までパーティーには出られないの」
次のパーティーを楽しみにしていたシリウスの期待は一気に萎んで悲しそうな表情になる。
そんな彼の口から零れるのは「why?」の一言。
「えっと、あの…冬までの間知り合いのお家にホームステイする事になって…」
言い淀む彼女。
これ以上は触れて欲しくないという彼女の思いを察したのかシリウスは少し俯いた後、いつものように笑った。
「そっか。じゃあ次に会えるのはお前の誕生日パーティーかな?それまでには戻って来るだろ?」
「う、うん!」
「俺、待ってるから。すっごいプレゼント用意して待ってるから、絶対にちゃんと来いよ」
そうして二人は先程のようにまた指切りをした。
だが、約束の12月、彼女の存在は純血一族の中から消され、二人の約束が果たされる事はなかった。
「シーリウス!どうしたの?」
ボブショートの金髪をさらりと風に靡かせ楽しそうに青年に抱きつく女。
「あ?あぁ…なんでもない。ちょっと昔を思い出してただけだ」
長身の青年は後ろから抱きつかれた事により心此処に在らずだった事に気が付く。
「えー?なんだか変なシリウス!私急いでるから先に行くわね!」
そう言って女は少しばかり様子のおかしい彼に首を傾げながらも自寮に戻って行った。
嘗て少年だったシリウスは現在の彼女、兼婚約者が見えなくなるのを確認した後、ローブの中にしまっていた物を取り出して懐かしそうに目を細めた。
しかしその表情は直ぐに歪み、悲痛な表情で強く握りしめた。
嘗て自と同じように少女だった彼女のイニシャルの入った可愛らしい小さな指輪を。
色々匂ってますね。うふふふ。
彼らが過ごした時間はとてもとても幸せな時間でした。
この先どんな事になろうともそれだけは代わりません。
愛すべき彼等に幸多からん事を。
2008.08.11 朔