コンコン

いつもの空き教室に軽いノック音が響く。
中にはレギュラスがいるはずだが、返事はない。


saudade −サウダージ− ♯19 Good bye Dad





「入るわよ」


やはり中にはレギュラスがおり、こちらに背を向けて愛用のソファーに座っていた。

「…レギュラス「僕は何も聞いていません」

僕とセブルスはレギュラスの言葉の意図が掴めず、お互いなんなんだと言うように軽く目を合わせ首を傾げる。
はソファに座ったままこちらを振り向かないレギュラスに近づいて後ろからそっと抱きしめた。

「うん、ありがとう。全部最初から話すよ」

サラには彼の考えている事が伝わったようだ。

これは後で分かった事だけどレギュラスはが自分の口から一番に事実を話したかっただろうと踏んだらしい。
だから、いなくなったを追い掛ける僕らについてこなかったし、わざわざ見え見えな嘘をついた。
この時僕らはレギュラスの行動の意味が分からなかったけれど、あれは何でも軽くこなす彼なりの不器用な優しさだったんだ。


「あれは…9年前の事かな、あの時私はまだ8歳だった…」


のホグワーツ入学の2年前に、事件は起きた。

家もブラック家のような純血一族のひとつだった。
だが、当時の当主が悪かった。
当時の当主、の父親であったバラッドはまだ物心も付いているかどうかという頃に元当主だった父と母をなくし、2歳という若さで家の当主の名を与えられた。

親戚の誰もが彼を欲したが、彼は一番交流の深かった父親の弟にあたる叔父さんに引き取られた。
だが叔父は祖父の妾の子、叔父を差し置いて当主になってしまったバラッドへの風当たりはあまりにも酷かった。
少しでもいう事を聞かなければ直ぐに殴られ、食事は与えられなくなる。
貴族の集りの時だけは小奇麗に着飾らせ大事にしているという事をアピールしていた。

生きる為にバラッドは自分の感情に蓋をした。

怒りを感じてはいけない。
憤りを感じてはいけない。
悲しみを感じてはいけない。
寂しさを感じてはいけない。

バラットも大人になりマグルの少女と恋をし、知らなかったが故に蓋を出来なかった感情を知った。

嬉しいという感情。
楽しいという感情。

でも、恋した相手はマグル。
そんな恋が許されることはなく、彼女は家に殺された。
致し方なく婚約者と結婚をするが、そこでバラットは蓋をしたはずの感情を思い出してしまった。

その心温まる感情とともに過去に封印した負の感情も全て出てきてしまったのだ。

高潔なる貴族。
外面にそれを出す事は許されない。

外で吐き出す事が出来ないとなれば、自然とそれは家族に向かった。


「ねぇ」
「なんですかお母様」
「お父様が…」
「…はい、わかりました」

少女は大人しく父親の元に行く。

「お父様何か御用でございましょうか?」

何が用かなんて分かり切っているのに、自然と言葉が口から出る。

ガッ

鈍い痛みが少女の右頬に走った。
歯を食いしばったため口の中に鉄の味が広がる事はなかった。

「失せろ」
「はい、申し訳ありません」

理不尽な暴力に文句の一つも言わず静かに退室する。
申し訳ありません、だなんて少女は何も悪い事はしていないのに。
日々の彼の行動が少女をこうさせるのだ。
今まで自分が同じ事を受けて世の中に絶望を感じてきたというのに愛の分からない彼にはこんな形でしか愛を伝える事は出来ない。

少女は知っていた。
彼が昔自分と同じように虐待を受けていた事も彼が望んでいたのは別の女との子供で、自分ではないという事も。




「来週はパーティーなのよ!?そんな顔で・・・」

そう、来週には少女の誕生日が控えていた。
腐っても当主の長女。
毎年誕生日パーティーというなの社交界が開かれている。
生まれてこの方生を受けた事を喜んだことはなかった少女だが、パーティーだけは大好きだった。
皆が皆、位の高いだけの貴族だというだけで自分に凄く優しく接してくれる。
それに普段は暴力しか振るわない父親や、いつも引きつった顔をした母親も皆の前なら自分に笑顔を向けてくれる。

例えそれが取り繕った笑顔でも、
自分に笑いかけてくれるならなんでも良かったのだ。

「お母様、このぐらいなら魔法でなんとかできます」
「そう?な、ならいいのよ。大丈夫?痛くない?」

母親はいつも怯えた目で少女を見、少女の名をけっして呼ばなかった。
昔、それを問うたら彼女はこう返した。

『貴女の名前は憎いあの女と同じなのよ』

それでも、優しい言葉をかけてくれる母が少女は大好きだった。



闇の時代全盛期に親戚が全員無事なんて事は難しい事で、少女の誕生日5日前に帝王に逆らった親族の一人が殺された。

「なんてことだ…今度のパーティーは取り止めだ」
「え?」

バラッドの衝撃的な発言に少女は思わず声をあげた。
唯一楽しみにしていた事なのに。

「当り前だろう!親族が死んだんだぞ!!」

少女は怒鳴られて縮みこまる。

致し方ない。
親族が死んで呑気に誕生日を祝っていたとあっては家の名に傷がつく。

「ご、ごめんなさい・・・」

しょうがなく立ち去ろうとすれば窓から立派ないで立ちの梟が優雅に少女の手の上に手紙を落とした。

「お父様、手紙が「早く貸せっ!」

手紙は無理矢理奪い取られた。
少女の手から奪った時に皺になってしまった封筒には宛名も何も書いていない。
皺以外何もないその白さに嫌な予感がした。

「・・・・・・・・・・・・そんな」

手紙を持ったまま固まってしまったバラッド。

「…あなた、手紙にはなんて?」

母親も嫌な予感がしたのか蒼白な顔をして恐る恐る聞いた。

「親戚が…全員殺された」

頭が真っ白になった。





「そんなっ!」

突然の出来事に少女は言葉を失うしかなかった。
こんな事を直ぐに消化出来るほど少女はまだ大きくない。
というより、大人の彼らすら消化出来ていないのにそれをまだ小さい彼女に理解しろというのは無理な話だ。

「…お前のせいだ……」
「…え?」
「お前の力を狙ったヴォルデモートがやったんだ!次は必ず私達を殺しにくる!!」
「そんな・・・」

絶望したように近くにあった椅子に凭れかかるバラッド。

この世で最も恐れられているヴォルデモートに狙われたら最後。
気分を害せば一族を丸ごとこの世から消し去られる、帝王には絶対に逆らってはいけない。
それが純血一族の中での暗黙の了解だった。
例えそんなつもりではなくとも、自分達はそれを破ってしまったのだ。
前から少女を帝王が欲している事は知っていた。
だが、どうしても渡す訳にはいかなかった。
魔法省に少女を闇側に引き渡さないよう、堅い魔法をかけられている。
魔法が掛けられている限り帝王の下に行く事も出来ず、魔法省に助けを求めても何れ帝王に殺される。
帝王と魔法省に板挟み。こんな状況ではどうしようもない。

追い詰められたバラッドはあらぬ行動にでた。


「そうだ!いい考えがある!最初からこうすればよかったんだ」

そう言ってさも可笑しそうに笑いながら少女に向けて杖を構える。

「あ、あなた?一体何を…」
「こいつを殺すのさ!そうすればもう板挟みから解放される!!」
「そんな!この子は私達の子供よ!?」

母親は少女を庇うように少女の前に立った。
見たことのないようなバラッドの形相に足ががたがたと震えている。

「私はもう疲れた。こいつを殺して私も死ぬ。それで全部終わりだ!」
「あなた!」
「どけ!どかないならお前も殺す!アバダ…「止めて!お父様!!」

少女は母親の脇をするりと抜けバラッドの腕に飛びついた。

「何をする!…な、うわぁ!手が!!」

バラッドの腕が少女の触れた部分から彼を侵食するようにどんどん紅くなってゆく。

「放せ!早く放すんだ!!」

その後継に飛びついた本人の少女ですらも驚き、自分の手を見た。

「あ、悪魔め!やっぱりお前は悪魔だったんだな!」
「違う…違うの、私は何もしていない。勝手に手が…!」

少女は涙ながらに必死に自分ではないと訴える。
だが、その声は最早バラッドには届かない。
実際それが少女の力であるのも確かなのだが、まだ幼い少女にはそれが分からないのだ。

自分の何の変哲もない小さな手を見つめながら涙を流す少女の首にバラッドは手をかけた。
ぎりぎりと首がしまる。
少女は苦しさにもがくが、子供の力ではその手を振りほどく事は出来ずにどんどん意識が遠のいてゆく。

「あなた、やめ…きゃぁ!」

止めに入った母親はバラッドに突き飛ばされ、勢いよく壁に身体を打ち付けられた。

それを見た少女は苦しさも忘れてバラッドの腕に手を宛がう。

「うわぁぁぁぁああ!!」

先程少女に触れられて何故か紅く黒ずんだ腕が消え始めた。
焼け爛れるでも、灰になるでもなく、言葉通り腕が消えていっているのだ。

「よくもお母様を…!」

怒りに満ちた目でバラッドを見据えれば彼は頭を下げて殺さないでくれと懇願した。
そんな彼の崇高な純血一族の当主とは思えない行動を見ても彼女の怒りは収まらず、少女はバラッドの頭に手を翳した。






「 Good bye Dad. 」

























人って脆いものね。


2008.06.15.SUN  朔