落ち着いてよく考えろ。





saudade −サウダージ− ♯18 手










4階の何処か、だなんてアバウトな説明で見付かる訳がない。
忍びの地図を作った時に僕らは徹底して抜け目のないように隅々まで探し尽くしたはずだ。
当時一つの階を探し尽くすのに4人掛かりでもどんなに早くとも2ヶ月は掛かった。

待てよ?僕らが見付けられなかった場所をシリウスだけが見付けられた?
そんなに都合よくと付き合い始めた時に見付かるだなんておかしくないか?

もしかして…

僕は一つの可能性に辿り着き杖を振った。
最近考え出したばかりの魔法だったから上手くいくか心配だったがどうやら上手くいったらしい。

自慢じゃないけど僕は結構本番に強いんだ。

杖先から細い糸状の光が伸び、何もない壁に向かっていく。
僕が使ったのは魔法の痕跡を辿る魔法。
知っている魔力じゃないと無理だけどね。
それに小さな魔法の痕跡を辿るのには不向きで長続きする魔法にしか使えない。

こんな所で使えるとはな、と苦笑いを浮かべながら光の先に近付く。






地図を作った時に見落としていたんじゃない。

















後からシリウスがの為に作った部屋なんだ。

















「ここか…」

呟きながら仕掛けを考える。
何処か凹みは無いか、とか近くに絵画はとか色々探ってみたが仕掛けらしき物はない。
それでも何故か此処にがいるという確信はあった。

率先して悪戯をしないにしても腐っても悪戯仕掛け人。
それに伊達にシリウスと何年も一緒にいた訳じゃない。
シリウスがどんな仕掛けをしそうかぐらい想像が着く。

「残るは…やっぱりメジャーに合言葉かな」

手を口元に持って行き、彼の付けそうな合言葉を考える。

の為の部屋にシリウスが付けそうな合言葉?
………いやだなぁ。答え解っちゃったかも。

これが合言葉ではありませんように、と思いながらも自分の思い付いた妙に当たっている自信のある言葉を口にする。




「『I love you .』」




開いてしまった。

は早く見付けたかったが正直なところこの台詞では開いて欲しくなかった。
なんて合言葉にしてるんだ。



ねぇ、シリウス。
こんな合言葉を付けるぐらい愛していたのに、
なんでこんな事になってしまったんだい?



「…だ、誰!?」
「僕だよ。リーマス」
「り、リーマス?何で此処に…?」


はどうやら独りで泣いていたらしい。
慌てて袖口で涙を拭っている。
泣くぐらいなら自分から離れて行くだなんて馬鹿みたいな事しなければ良いのに。
そういえば僕も昔同じような事をしたっけ。

「シリウスに場所を聞いたんだ」

隣に座ってもいいか、と目で聞いてみる。
それに応じては少し詰めてくれた。

「僕は人狼だ」

いきなりの僕の発言にはきょとんとする。
そんな今更何を言ってるんだ、と思っているんだろう。

「いつ人を噛み殺してしまうか分からない」

は切なそうに眉を八の字に下げる。

「そんな僕とはみんな居たくないだろうって自分から独りになろうとした」

そんな物は自分を守る為の偽善だ。

「けど、そんなのは自分に対する建前でしかなくて、本当は無駄に期待して皆が離れて行くのを見たくなかっただけなんだ」

は俯いていて、どんな表情をしているかは分からないけど、拳を握る力が強まるところが視界に入った。
きっと複雑な表情をしているんだろう。

昔の僕と今のは同じ状況だから。


「でも離れて穴に閉じこもってしまった僕を無理矢理引っ張りだしてくれたよね。ジェームズやシリウス、ピーター…それにも」

自分の名前に反応し、の視線が漸くこちらを向く。

「今度は僕が引っ張り出す番だ。、君は独りじゃない。どんな過去があったって関係ない。僕らは今の君と友達なんだ。セブルスだってレギュラスだって同じ事を言うと思うよ」

にっこり微笑んでからよいしょ、と立ち上がり、そのまま手を差し延べれば戸惑いの色を浮かべる。
でも、絶対はこの手を取る。

だって、



「行こう、二人が待ってる」



僕もあの時、誰かの手が差し出されるのを待ち望んでいたから。

はうん、と一度だけ頷いて僕の手を取った。
彼女の手は先程とった僕の行動を戒めるように冷え切っている。
半動物だからなのか僕の手は温かいらしいから多分今の彼女には調度良い温度だろう。

例え手だけでも、体温を分け合ってると思うと胸が温かくなる。
人はこの気持ちを恋と呼ぶらしい。
きっとこの恋は叶う事はないだろうけれど、
今だけでもこの手を離したくないな。




僕の思い違いかも知れないけど、
斜め後ろを引っ張られるように歩くは、確かに微笑んでいた気がする。









「セブルス!」

セブルスは物凄く不機嫌そうな顔で腕を組んで廊下に立っていた。
と手を繋いだまま待たせっぱなしにしてしまった彼に声をかければ眉間の皺をこれでもか、と深くする。

「遅い」
「ごめん、ごめん。君を待たせているの忘れてた」

の名前が見付からなくて慌ててたからすっかりセブルスの事なんか頭から飛んでいた。

「貴様の脳みそは鳥並か!」
「鳥よりはあるよ」

失礼な、と憤慨してみるものの自分がセブルスを綺麗さっぱり忘れていたのは確かな為、あまり強くは主張出来ない。
それほど焦っていたんだ。
ヴォルデモートの呪いは刻々との身体を蝕んでいるんだから。

「まぁ、見付かって何よりだ」

セブルスは柄にもなく不器用な笑みを浮かべながら骨張った手をの頭に乗せて撫でる。
も最初は嬉しそうに撫でられたが、直ぐに撫でている手を掴んで自分の目の前に持って来た。

「ごめんなさい、いなくなったりして。噂は聞いてると思う。確かに私は両親を殺しました。でも!ちゃんと理由があって!…だ、だから、あの…友達をやめないでくれますか?」

セブルスの返事が怖いのか、目をぎゅっとつむっている。
心無しか肩も震えているように見える。

「安心しろ。僕はそう簡単にお前を見限ったりしない」
「せ、セブルス………あ、ありが…と……」

またセブルスがぽん、と頭に手を乗せてやれば、安心したのか涙が彼女の目からぽろぽろと溢れ出した。

「レギュラスが待ってる。早く行くぞ」
「そうだね。あの子あれで結構寂しがり屋だから。あんまり待たせると拗ねちゃうよ?」
「う、うん…。二人とも、ありがとう」

ローブの袖で涙を拭ってにこり、という表現がピッタリの顔で微笑んだ。

「僕らは何もしてないよ」

分かってる。
きっと彼女は何もしなかったから、いつも通りにしてくれたからこそ感謝の意を述べたんだって事は。
でも、本当に僕らは何もしていないから。
それに、ちょっと気恥ずかしいし。

僕とセブルスはお互いにの手を片方ずつ持って走りだした。








の手はさっき握った時よりもずっと温かくなっていて、

それが無性に僕の心を躍らせた。






















人の手って温かいよね。
冷たい手でも温かく感じる。

シリウスはそれだけヒロインの事を愛していたんです。
なんだかギャグみたいですが、私自身は滅茶苦茶真面目に書いてます。


2008.05.22.THU  朔