ちょっと切ないお話。










好きと好き









この男は馬鹿なんだろうか。
目の前で拳を握って力説するこの男を馬鹿と呼ばずなんと呼ぼう。
「今回は本気なんだ」
この言葉はもう幾度となく聞いた台詞だ。
前の彼女、マリーにも言っていたし前の前彼女、キャサリンにも言っていたし前の前の前の彼女、あー…なんだったか……まぁ良い。
要するに彼女を作る度にそう言っているのだ。
ならば何故「今回も」ではなく「今回は」と宣うのか。
本人曰く「付き合ってる時は今回は続くと思ったんだけどな」との事。
まことに理解しがたいがそれが彼、シリウス・ブラックという男なのだ。
「シリウス、いい加減学びなよ。一ヶ月も持たないと思うよ」
もそう思う?」
もし彼が犬の姿であったならば興奮気味に激しく揺れていた尻尾はシュン、としょげて下を向いた事だろう。
怖ず怖ずと問う彼はきっと私に否定してもらいたいのだろうがおあいにくさま。
私は善人ではない。
「うん。ガリオン金貨賭けてもいいよ」
「……はぁ…やっぱり?自分でも分かってんだけどさ…好きなんだよなぁ…」
なんだ。結局惚気かよ。
大分伸びた前髪をくしゃっと握って恥ずかしさと嬉しさが相俟って複雑な表情をしてしまっているのを隠そうとする彼にため息が出そうになる。
そういえばその前髪は私が切ったんだったか。
「卒業まであと3ヶ月だし上手く行けば結婚までこぎつけられるんじゃない?よかったわねぇ」
ニヤッとからかうように笑ってやれば満更でもないのかそうだよな、とつまらない返事を返された。
「結婚かぁ…お前はどうなんだよ」
「プレイボーイのシリウス君と違って清楚可憐なさんにはご婚約者様がいるのをお忘れで?」
「いや、そうじゃなくてお前自身が結婚したいって思う程好きな奴いないのかよ」
「あらいやだわシリウス君!いますわよ。幼少時代にプロポーズして下さった素敵な男性。シリウス、私貴方の事……ぶはっ!駄目だ笑っちゃう」
わざとらしさ120%の演技に私も吹き出したが彼も全く、と言いながら笑ってくれていた。
あぁ、彼が笑ってくれて良かった。
これなら話が切り出し易い。

「ねぇ、シリウス。私、結婚するの」
シリウスは私の発言に思考回路が追い付かなかったのか動きを止めて目を二、三度ぱちぱちと瞬かせた。
「そ、そうだよな。婚約者がいるってのはそういう事だもんな…分かってたけど言われると寂しいもんだな。『幼なじみ』としては」
「その『幼なじみ』におめでとうの一つもない訳?」
「……いや、めでたくねぇだろ。だってお前ずっと想い続けてる奴がいるって言ってたじゃねぇか」
まぁね、と私は苦笑い。
でもしょうがないじゃない。
私にはシリウスのように家を出るような勇気はないし両親は好きだし何よりどうせこの想いは叶わないんだから。
「学校の奴か?だったら俺、協力するぜ?」
「学校の奴って言ったらそうだけど…いいよ。私根本的に眼中に入ってないしフラれるの目に見えてるから」
「端から諦めんなよ」
「私だって最初から諦めてる訳じゃないわよ。ただもう間接的に何度もフラれてるの」
そりゃ私だって好きでもない男となんか結婚したくないし、出来る事なら好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたいわよ。
たいていの事って努力でどうにかなったりするけど、でもやっぱり世の中どうにもならない事の一つや二つあるじゃない。
その一つや二つの中にたまたまこれが入ってしまったってだけ。
一応多方面で努力はした。
人一倍綺麗になれるよう努力したし、均り合えるくらいの頭を保つ努力もしたし、少ない時間を割いてでも会う時間を増やしたし、告白紛いの事だって何度もした。
それでも彼の『幼なじみ』という枠から出る事は叶わなかった。
「シリウス」
「ん?」
「私の分までお幸せにね」
私は知っている。彼が自由を手に入れられた理由を。自由の条件を。
一つは寮。
ダンブルドアは帽子に細工して彼をグリフィンドールに入れた。
グリフィンドールには正義気取りの良い意味でも悪い意味でも馬鹿な奴らが集まる。
その中に居ればいやがおうでも正義思考に染め上げられるだろう。
まぁ要約するならばある一種の洗脳だ。
これが彼の後押しをした。
2つに、他に後継者がいる事。
彼には弟がいる。
後継ぎは弟に任せれば良いという浅はかな考えなのだろう。
3つ目には生活資金があるという事。
彼のおじは彼に多大なる財産を残してくれた。
家を出ても生活に困る事はない。

結論を言えば全ての条件が揃わない私には家を出る事は不可能という事だ。
そう、運。私には彼のようには運がなかった。
「シリウスが羨ましい」
…お前……」
「なーんてね。結婚相手はちょっと年上だけどとっても整った顔をしていて背も高くて賢くて、んー…性格は強引な所もあるし厳しいけど本当は優しくて素敵な人なの。シリウスなんか羨む必要もないわ」
そんな同情の篭った目で私を見ないでよ。
どうせ助けてくれないのに。
私には自由へ羽ばたく翼も勇気もなければ自由へ誘ってくれる人もいないの。
「あのね、情けなんて一銭の価値ももたないのよ、シリウス。下手な同情は止めて頂戴」
「情けだなんて俺は…」
「はぁ…じゃあ逆に聞きましょうか。貴方が今私に同情する。さぁ、何が出来るっておっしゃるのかしら、グリフィンドールの若獅子さん?」
ほら、何も出来ないじゃない。
どうしようもなくて一番辛いのは私なのにそんな辛そうな顔しないでよ。
「…はぁ……じゃあ別の聞き方をしましょうか。私がもし貴方に『私を連れ出して』って言ったら連れ出してくれるの?」
「それは…」
「ほらね」
私が頬杖をついてまた一つ深い溜め息を吐くとシリウスは拳を握りしめて口を開いた。
「っ…出来るさ!お前が望むなら、俺はお前を助ける。今までだってそうしてきたろ」
あぁ、駄目止めて。それ以上は止めて。
「もっと頼れよ…"俺達幼馴染みだろ?"」
泣きそうだ。
泣くな、泣くな。泣くところじゃない。
泣いてどうなる。
「じゃあ具体的に助けるってどうするの。婚約者の代わりに私と結婚でもしてくれるの?私の家族の事もなんとかしてくれるの?」
「するよ」
「無理ね」
「なんでだよ」
「分かり切った事じゃない貴方の彼女はどうするの。好きなんでしょ。それに私が結婚しなきゃ家は潰れるわ。中途半端な優しさなんてね、結局偽善にしかならないのよ。口先だけなら誰でもなんとでも言えるの」
黙り込んでしまったシリウスの頬を優しく撫でる。
「ねぇ、シリウス。幸せになってね」
私の分まで。
ニコッと笑うと彼は俯いて涙を流した。
自分の無力さを嘆いているのか。
「ごめん…ごめんな
いつもより小さく見える彼を優しく抱き締めた。
「馬鹿ねぇ…泣きたいのはこっちの方よ」
彼にわからぬよう、私も小さく涙を零した。
 

 

 
好きと好き

わたしをつれだして、
遠く、遠くへ
 
 




2012.9.1 朔