「なぁ、神楽」
「何アルか?」
テレビにかじりつくようにしていた少女は自分の呼びかけにくるりと顔をこちらに向けた。
その表情はきょとんとしたそれではなく、テレビに集中したいから早く用件を言ってくれ、と物語っている。
「お前は……」
――こんな馬鹿らしい質問、していいのか…。
咽まで出かかったその先が出てくる事はなかった。
自分の聞きたいという意思に反して口は勝手に当たり障りのない言葉を紡ぐ。
「この女優、今度結婚するんだってな」
少女、神楽はそんな話題には興味がないらしく「そうアルかー」と気のない返事を返してまたありきたりな恋愛ドラマを映すテレビの方に向きを戻した。
神楽の興味の一切は映像を映し出す箱に持っていかれてしまった為、手持ち不沙汰になってしまった自分も仕方なく画面に目を向ける。
『私と愛美のどっちが大事なのよ健二!』
昼ドラは途中から見始めた人でも誰が誰だか分かるように互いの名前を必要以上に呼ぶのが常套らしい。
言われてみれば成る程、わかりやすい。
今日、しかも今さっき見始めたばかりで何がどうなってこうなったのかはさっぱり分からないが今が修羅場だというのは分かる。
『だから言ってるだろ、愛里。彼女は幼なじみなだけだって』
先程怒鳴った女は愛里、そしてその恋人が健二、その健二に横恋慕してるのが健二の幼なじみの愛美。で、健二は最近愛美に再会して幼なじみ以上の感情が芽生え始めてる、そんな所か。
「どろっどろだな」
「昼ドラはそこがいいのヨ。銀ちゃんもこれから見るようにすると良いアル」
何処と無しか弾んだ声が返って来る。
「いやぁ銀さんは遠慮しときますよ」
頭(かぶり)を振ってご丁寧にお断りした。
「なんでアルか?昼ドラの何がいけないっていうネ!」
「そうだな…強いて言うならこのどろどろした感じが嫌いだ」
会話の為にこちらに向けていた視線を再び画面に戻し首を傾げる。
それの何処がいけないのかと思案しているらしい。
「でも昼ドラからどろどろを取っちゃったら何も残んないネ」
「……それもそうだな。でも自分達がこうなったらって考えたら嫌じゃね?」
「まぁ、それは。でも結局は他人事アル。客観的に見てる限りには面白いから良いのヨ」
あぁ、そう。と昼ドラに関しての討論に興味を無くしてしまったのかのような返事をして手を伸ばせばぎりぎりで届く範囲にあったジャンプに手を伸ばし、ソファーに寝転んで読み始める。
興味を無くしたというよりはここから先はお互いの価値観の違いであり、これ以上の会話は無意味であると判断したから会話を中断したのだ。
神楽の方もそれを理解しているのか既にテレビにかじりついている。
数分の間、お互いに自分の世界に入り込んで無言で過ごしていたがおもむろに神楽が立ち上がりテレビの電源を切った。
視界の端に神楽が動くのを見た銀時は時計に目をやる。
只今の時刻は13時30分。
神楽は次のドラマも楽しみにしていた筈だ。
「なんだ?いいのか消して」
「いいのヨ、別に。最近つまんなかったし」
未だにジャンプを顔の前に持っている銀時に神楽は遠慮する事なく乗る。
「ねぇ、さっき何を言おうとしてたアルか?」
何故この少女は自分が他の事を言おうとしていたのに気付いたのか。
軽く目を見張っていると心を読んだかのような答えが返って来た。
「銀ちゃん、凄く苦しそうな顔してたネ」
手にしていたジャンプを胸の上に開いたまま置き、眉を八の字に下げて俯く彼女の頬を空いた手で包み込んだ。
彼女は顔を上げて銀時の手の上に更に自分の手を添える。
お互いの温もりが伝わって少し、安心した。
「昼ドラじゃないけどさ、もし俺達が溺れてどちらか一人なら助けられるとしたらお前はどっちを助ける?」
一瞬神楽の表情が硬くなった。
誰と誰、とは言わなくても分かった。
吉原で彼女の兄、神威と再会した彼女を見て気付いてしまった。
彼女は確かに神威を愛している。
それが例え兄妹愛なのか他の何かなのかは定かではないが愛している事には変わりない。
「ごめん、今の忘れろ。こんな馬鹿馬鹿しい質問するべきじゃなかったな」
ありがちな、馬鹿げた質問。
彼女の答えは分かっているというのに。
「銀ちゃんを助けるに決まってるアル」
当たり前ネ!あんな奴、天秤にかけるまでもないヨ、と笑って答える神楽を銀時はきつく抱きしめた。
「銀ちゃん苦しいアル…」
「神楽、好きだ。愛している。何処にも行かないでくれ……」
「馬鹿アルなぁ、私が何処に行くって言うネ」
子供のように甘える銀時を神楽は抱き返し背中をそっと撫でてやった。
口に出さずとも分かりきっている。
実際彼女は自分の方を助けてくれるだろう。
だが、その後、迷う事なく神威と共に海底に堕ちてゆくのだ。
「好きヨ、好き。愛しているアル」
愚問だと分かっていても
聞かずにはいられない・・・
銀ちゃんの事も愛してるけどやっぱり神楽は兄貴を捨てられないと思う。
だから逆パターンもありだよね。
神威を助けて銀さんと堕ちる。
んー…なんか暗い話だなぁ。
2008.12.06