「ねぇねぇ、恭ちゃん」
「何?」
カリカリと書類の上を走らせていた手を休め、後ろから自分の名を呼んだ愛しい声の持ち主の方に振り返る。
彼女は良い事を思い付いたと言わんばかりの眩しい笑顔で椅子から身を乗り出して僕に宣ってくれた。
「こたつ、火燵出そ!」
僕は業とらしく大きなため息をついてみせる。
幼なじみとして育って来た鈍感な彼女を異性として認めさせ、あまつさえ恋人同士にまで成り上がるのにどれ程の労力を費やした事か。
まぁ、なんだ。
彼女は少し天然なのである。
「此処はイタリアだよ?火燵なんて無いに決まってるでしょ」
「えぇ?無いの!?」
「寧ろ僕はあると思ってたに驚きだよ」
そんなぁ、と目に見えてがっくりと落ち込む。
火燵か。
アジト内の空調は完璧だから要らないと思って日本に置いて来てしまった。
昔はよくと入っていたものだ。
入る前には必ず蜜柑と当分の間動かなくていいように必要な物(蜜柑の皮を入れるゴミ箱とかテレビのリモコンとか水分とか)は全部火燵周辺に集めていた。
だってあれに入ったら絶対に何時間かは抜け出せない。
なんかは火燵地獄だって言ってた。
怠けたくなっちゃうし喉もからからになっちゃうのに暖かくて気持ち良くて抜け出せないからある意味地獄だってさ。
確かに、と納得したのをよく覚えてる。
思い出したら可笑しくてクスクス笑いが漏れる。
ちらりとの方に視線をやる。
まだ椅子にうずくまって落ち込んでいた。
そんな彼女がなんだか可愛くて僕は笑みを深めて仕事机の上に置いてあった愛用の黒い携帯を手にして電話をかける。
『もしもし』
「あ、哲?火燵を用意して欲しいんだけど。頼めるかい?」
『こ、火燵ですか?大きめの物で?』
「いや、小さめで良いよ僕とが入るだけだから」
『了解です。今週中には用意しますね』
「うん、ありがとう。じゃあね」
片手で携帯を閉じた。
はポカン、と口を開けて呆然と僕を見詰めている。
「火燵、今週中には用意出来るって」
「恭ちゃん!大好き!」
「はいはい」
ふっと笑ってからまた机に向かって途中だった書類を埋め始める。
「もし駄目だったらリボーン君に頼むつもりだったんだ!」
「……赤ん坊に?」
うん、と可愛く頷くに思わずときめく。
いや、そんな場合じゃない。
「なんで赤ん坊に?」
「だってリボーン君がこの間『欲しい物があったら何でも言え。直ぐに用意してやるから』って!」
ふぅん、気に食わないな。
「あ、火燵来るなら蜜柑買ってこないと!」
「じゃあ準備して待ってなよ。直ぐにこれ終わらせるから」
暗に一緒に行くと言ってやるとは大喜びで準備に取り掛かった。
だが、あまりにも喜び過ぎなに疑問に思い、何故そこまで喜んでいるのかと尋ねてみる。
「だって、久しぶりのお買い物だもの!それに火燵がくればきっと恭ちゃんは動かないから長い間一緒に居られるでしょ?そう考えてたら嬉しくって!」
ワォ、嬉しい事言ってくれるね。
でも赤ん坊なんかに負けそうになったのは気に食わないな。
翌日から雲雀は火燵で仕事をするようになり、二人でそのまま寝てしまっている姿がよく見られるようになったとか。
(もしもし、哲?明日までに用意しないと咬み殺すから)(え?ちょ、無理で…)(咬み殺すから)(……はい)