幸せになろうか




『好き、会いたい』

携帯の画面を見て大きなため息をつく。
自分の打った言葉があまりにも馬鹿馬鹿しくて。
電源ボタンを押して私は画面を閉じた。


「どうしたんですか?ため息なんてついて。幸せが逃げてしまいますよ?」

後ろから囁くように降って来た艶のある声に慌てて振り返った。

「む、骸さん!」
「さっきのメールは雲雀くんに?」
「そうですけどあんなの恥ずかしくて送れな……って、見てたんですか!?」

悪びれもなく綺麗な笑顔ではい、と言う骸。
彼はメールを打つ所から悩んで悶えている所まで全部見ていたらしい。
鍵をきちんと閉めておけばよかったと後悔するが後悔先に立たず。
仕方ないから次から気をつけようと心に止めておく。
まぁ、相手は霧の守護者、鍵なんて無意味に等しいかもしれないが…。

「はぁ…で、何の用ですか?」
「特に用という用は無いのですが…」

無いなら勝手に他人の部屋まで入って来ないでくれ、とまたため息をつく。
ため息の数だけ幸せが逃げるというのは本当だろうか。
だとしたら私は一生幸せにはなれないかも知れない。

骸は自分の下唇に軽く乗せていた長くて綺麗な指をそっと私の唇に移した。

が寂しそうにしていたので」

少しだけ、ほんの少しだけ骸の表情が切なそうに歪んだ気がした。
笑っている、一応笑ってはいるのだ。
ただ哀しそうに見えるのは目の錯覚なのか。
どことなくいつもと違う。
ついそれに魅入ってしまって唇に乗せられた指を退かすタイミングを無くしてしまった。
この状況を恭弥に見られたら先ずこの部屋は崩壊するだろう。
どうしたものか…。
しかしそんな自分の心配も杞憂の内に意外にも骸の指はあっさりと離れて行った。

クフフといつもの独特の笑い声を小さくあげる。
あぁ、いつもの骸だ、と少しほっとした。

「……そりゃ、恋人が長期任務に行ってたら誰だって寂しがりますよ」
「雲雀くんも罪な男ですね」

クスクスと可笑しそうに笑う骸。

「今日帰ってくるのでしょう?何時頃です?」

そう言われて時計に目を移す。
移してから気が付いたが自分は彼の帰ってくる時間など知らない。

「…わ、わかりません。恭弥ってば任務に出てから連絡の一つも寄越さないんで…」
「酷い男ですね」
「そうでしょう!聞いてくださいよ!」

私は恭弥の愚痴を話し始めた。
骸はそれに的確な所で相槌を入れていく。
きちんと聞いてくれる骸に嬉しくなった私は話に耽る。















一方漸く任務を終えた雲雀は帰路を急いでいた。



もう日付は変わってしまっている。
恋人であるには昨日の内に帰ると言っていたのに。
彼女はまだ起きているだろうか。

今から帰る、と電話を入れようと携帯を鳴らしたが相手は出ない。
それでなくとも1ヶ月もに会うのを我慢して苛々しているのに不機嫌さが増してしまった。
気付いてないのかも知れない。
もう一度かけ直そうとダイヤルボタンを押したが、もう自分達の住むボンゴレ本部についてしまったので電源ボタンを押して早々に切ってしまった。


自らと彼女の部屋のドアをノックも無しにがちゃりと開ける。
鍵はしまっていなかった。
無用心だな。

自分を待つのに疲れて知らず知らずの内に机に突っ伏してしまっている彼女を想像してクスリと小さな笑みを零す。

だが、リビングにあった光景は自分の想像とは大いに違った。
そこには愛しい恋人と大がつく程嫌いな男の姿が。

「あ、恭弥!お帰りなさい!」
「なんでこいつがいるの」

のお帰りに対して開口一番に出てきたのはそれだった。

「あ…骸さんはその……」
「少しばかりお話をしていたのですよ。貴方の帰りが遅かったので」

言い淀む彼女を庇うように六道が話す。
ね?と彼女に同意を求める姿にどうしようもない苛々が募って思ってもいない事が口をついて出てくる。

「へぇ、二人で話したいなら何処か別の場所に行ってよ。迷惑だ。だいたい僕がこいつを嫌ってる事ぐらい君だって知ってるだろう?わかっててやったのかい?」

そんな事はない。
自分の知らぬ所で会われるよりは目の前で話してくれている方がずっと良い。
こんな時だけ饒舌な自分が嫌になる。
を責めたい訳じゃないのに。
は俯いてごめんなさいと謝る。

「雲雀くん、少々言い過ぎなのでは?」
「君には関係ないよ」

ふん、とそっぽを向く。
我ながらなんて子供っぽいんだ。

「関係なくもないですよ。僕はが好きですから」
「え!?」

驚くを自分の元へ引き寄せる六道。

「本当に大切ならば取り返してみせなさい」

そう言って茫然とする僕を残して二人は霞に消えた。

直ぐに我を取り戻して先程開けたばかりのドアを開けて廊下に出た。


を抱えた六道は廊下の向こうにいた。









!」
「恭弥っ!骸さん!離して下さい!」

バシバシと叩いてみるが骸さんは無視して走り続ける。
突然骸さんは顔だけ恭弥に向けて言い放った。

「雲雀くん、鬼ごっこですよ。夜明けまでにを取り返せたら君の勝ちです。もし、取り返せなかったら…」

此処で一呼吸置いてニヤリと笑う。

「僕が頂きます」

骸さんの足は一気に加速した。

「……ちっ…!」

恭弥の怒りが増した。
これは些かまずい。
だがそこで前方に助け舟を発見した。
エスプレッソを手にしたリボーンさんだ。

「リボーンさん!助けてください!!」
「お、アルコバレーノ、調度良いところに。をお願いします」
「あぁ?」

不機嫌そうに答えたがこちらに走ってくる恭弥を見て納得したのかニヤリとしながら骸から私を受け取るリボーンさん。
そして肩に担いだまま走り出した。

「おやおや、僕につかみ掛かっても無駄ですよ。を追い掛けないと」
「……ちっ…後で咬み殺す……」

骸は馬鹿にしたように大怖いとおどけながら雲雀が廊下の向こうに消えていくのを見届けた。



「ちょ、リボーンさん!下ろしてください!」
「うるせぇ黙ってろ。舌噛むぞ」

さっきから下ろしてくれるよう頼んでいるのだがいっこうに聞いてくれる気配はない。
これでは舌を噛む前に恭弥に咬み殺されてしまう。
それだけは避けたい。

「てめーのせいでエスプレッソを飲めなかったんだ責任取れよ」
「責任は骸さんの方にお願いします」

「いや、雲雀の方で良さそうだな」

何処か知らない部屋に入った所で急にリボーンが走るのを止めた。
恭弥が追い付いたのだ。

を返してくれるかい?」
「残念だがそれは無理だぜ」

リボーンさんは私を下ろし、銃を取り出す。
恭弥もトンファーを取り出して完全に戦闘体制だ。
ぴりぴりと殺気の飛び交う今がチャンスだと思い私は外に飛び出した。

「極寺!そいつを連れて逃げろ!死んでも雲雀には捕まるなよ!」
「え?は、はい!すまねぇ!」

たまたま飛び出した先の廊下にいた極寺さんにあっさり捕まってしまった。
自分の不運具合に涙が出て来る。

「さぁて、お前ずっと俺と勝負したがってただろ。いいぜ。今ならやってやるよ」
「やってくれるね。生憎だけど…」

雲雀はトンファーを下ろす。

「君との勝負より彼女の方がずっと大事なんだよ」

そう言って部屋を後にした。

「ふっ…なんだよ。ちゃんと想いあってんじゃねぇか」

なぁ骸、と誰もいないはずの隣に投げ掛けるリボーン。
突如霧が立ち上って中から見慣れた男が出てくる。

「クフフ…そのようですね」

霧の中から現れた骸は切なそうに目を細めて雲雀が去って行ったばかりの方を見詰めた。

……」

骸の小さく彼女の名を呼ぶ声にリボーンは愛用の帽子を深く被り直した。








「あぁ…私、咬み殺されるんだ……ははっ……」

極寺さんに担がれ、先程いた場所より少し離れた廊下の隅に私達は座り込んでいた。

「お、おい!大丈夫だって!何したのか知らねぇがなんなら俺も一緒に謝ってやるから!」
「多分逆効果ですよそれ。そう言うなら逃げないでくれればよかったのに…」
「いや、でもな、リボーンさんの頼みだし……」

二人同時に大きなため息をはいた。
確かに自分とて率先してリボーンさんの意思に反するような事はしたくない。
だから逆らえないのはわかるがこちらの身にもなってほしい。
もうこれでは本当に恭弥に咬み殺されるしかないではないか。

「で、なんでこんな事になったんだよ」
「今一私も現状を掴めずにいるんですが、赫々然々ありまして…」

一通りの経緯を話し終えると極寺さんは「あー」とか「うー」とか唸りだした。
すると調度恭弥が追い付いて来た。

「いや、でも…あー……」

恭弥が近くまで来ても隼人さんはまだ唸り続けている。

、帰るよ」
「あ、うん!」

いきなり咬み殺すなどと言われないでほっとしながら恭弥の手を取ろうとしたその時、突然極寺さんが待ったをかけた。

「…何?」
「いや、あー…すまん!」






なんだか今日の彼は謝ってばかりだ。
そして私は担がれてばかりだ。
何故こうも担がれなければならないのか、ほとほと理解に苦しむ。

「極寺さん。何故私はまた貴方に担がれているのでしょうか?」

問いに彼は答えない。
ただ冷や汗をかいている事から彼としても苦肉の判断だったのだろう。
私にはよくわからないが。

仕方なく私はため息を零す。
あぁ、これで今日何度目のため息だろうか。








「いい加減諦めな、よ!」

壁の崩れる音が廊下に響き渡る。

本日8枚目の壁を破壊した。
きちんと数えていた訳ではないから曖昧ではあるがそのぐらいだったと思う。

「うぉ!雲雀、怖ぇのな」

六道と元赤ん坊に爆弾男、そして先程爆弾男と交代した山本武。
これで4人目だ。
任務明けで疲れているというのもあるにせよ中々を取り返せない自分に苛立ちが募る。
これからはもっと足と体力を鍛えようと心に誓った。

「危ねぇ危ねぇ」

笑いながらもきちんと僕の攻撃を交わす山本武。
ムカつく。

をこっちに寄越しなよ」
「そんな事言われても困るのな。俺、骸の味方だし」
「じゃあ咬み殺す」

もう一発ぶち込んだ。
が、またしても避けられてしまったようだ。
今度は崩れた瓦礫の何処かに上手く隠れたらしい。
六道の味方だのなんだの意味が分からない。
は僕のだ。
六道みたいな変態に手出しをされる謂れはない。
いきなり好きだなんて告白なんかしてたが僕には関係ないね。
渡す気もないんだから。






「なぁ、。骸もな、あいつ器用なようで不器用だからさ」

上手く表現出来ねぇのな。
好きな奴が目の前で落ち込んでて、剰えその落ち込みの原因が恋人だ。
連れ出してしまうその気持ち、分からなくもない。

「骸さんの気持ちにも気付かずに相談なんかしちゃって…私って馬鹿ですね」
「いや、いいんじゃねぇの?あいつはに頼られてて嬉しかったと思うぜ」
「はい、山本武の言う通りです」
「わぁぁぁっ!!」

突然湧いて出た骸。
紫苑は驚いて大声を上げたからきっと今ので雲雀に居場所がバレただろう。

「山本武、交代です」
「おぅ、任せたぜ。雲雀にはでっかい灸を据えてやれよ!」

勿論です、と笑って骸はを担いで走っていった。

「ま、不器用なのは俺もだけどな…」

小さく呟いた声は空気となって消えた。








「おやおや、追い付かれてしまいましたね」

違う。骸さんはわざとスピードを緩めたんだ。
もう夜明けになるから。
私を恭弥の下に返す為に。

を、返せ」

「僕はが好きです」
「さっきも聞いたよ。でもそれは僕には関係のない事だ」
「雲雀君はが誰に好かれていようが関係ないのですね?」
「関係ないね」

ずきり、と胸が痛む音がした。
恭弥ならそういうかも知れないとは思っていたが実際に聞いてみるとショックだ。

「僕がが好きな事にも、が僕を好きな事にも変わりはないんだから関係ないよ」

俯いていた顔をばっと上げ、満面の笑みを浮かべる。
我ながら現金だな、とは思うが純粋に嬉しいのだ。
先程までうなだれていた自分が馬鹿馬鹿しい。

「……そうですか。まぁそう答えると思ってましたよ」

骸さんは恭弥の方に行くよう私の背中を軽く押してくれた。

「恭弥…!」
!」

恭弥のもとに行くなり抱きしめられた。
もう逃がさないというように強く。

「あの、骸さん!ありがとう!」
「……いえ、お幸せに」

去り際の骸さんは苦笑いだった。
でも、数時間前の微笑みよりはずっと良い。
私はもう一度心の中で有難うと感謝を述べ、恭弥に抱き着き返した。






「長期休暇」
「へ…?」

ずっと無言だった恭弥の口から出て来た言葉に思わず間抜けな声が出てしまった。

「綱吉に長期任務する代わりに1ヶ月分休暇をくれって頼んだんだよ」

恭弥が珍しくニコッと笑う。

「ハネムーン。直ぐに式あげてハネムーンに行こう」
「……あ、あは……あはははっ!まだプロポーズもしてもらってないよ?」

突然何を言い出すかと思えば。
私はあまりに可笑しくて笑ってしまった。

「プロポーズならしたじゃないか。5年前に」


そう言われて5年前を思い出した。
あれはイタリアに行く前。

『これからイタリアに行く事になった。ついて来てくれるかい?』
『勿論』
『どんな事があっても僕と一緒にいてくれる?』
『おかしな事を聞くね。もう私は恭弥の傍じゃなきゃ生きられないんだよ?』

あぁ、そうか。
あの時のあれはプロポーズだったのか。

覚えてないのかと未だに不機嫌そうにしている恭弥に納得してまた抱き着く。

「ねぇ、『愛してる』って言って?」

そっぽを向いてしまっている恭弥の顔を両手を使ってこちらに向ける。
だが私の手はあっさりと彼の顔から引き離されてしまった。
代わりに彼の手が顔に伸びて来て、軽く触れるだけのキスが降って来た。

「愛してる、恭弥」
「僕も愛してるよ。離してくれって言っても一生離さないから」
「うん!」









”幸せになろうか”















後日、雲雀が壊した壁の修理費とリボーンのエスプレッソ代は骸が出すと言っていたのだが彼を哀れんだ綱吉が代わりに払っておいてくれたんだとか。




 

あとがき


まず謝ります。すみません。
新婚旅行の為というネタに被りを感じつつも強引に使ってしまいました。
でも、どうしてもああやって締め括りたくて!

出来るだけ紫苑さんのリクエストにあった人達を(大分無理矢理)登場させてみました。
アルコバレーノは流石に人数的都合でリボーンしか登場させられませんでした…。
骸は皆に応援されてます(笑)
元から雲雀から奪い取ろうなんて思ってないんですよね。(相手の幸せを一番に願っているので)
ただ、もちっと大切にしろや、と言いたかったんだと思います。多分。

気に入らないとかだったら何度でも書き直しますんで気兼ねなく言っちゃってくださいまし。

私と紫苑さんも末永く幸せにやっていきまs(ry