さよならを、
「トリックオアトリート!」
ドアを開けた途端の私の第一声にリーマスは目を丸くして固まっていた。
今日、10月31日に会いに行く、という手紙は前以て出していたし、彼はそれを快諾していた。
だから彼は私が来た事に驚いている訳ではない。
では、何に驚いているのか。
答えは至極簡単だ。
今日がリリーとジェームズの命日であるから。
暗いリーマスの雰囲気に今の私の風貌はとてつもなく似つかわしくない物だと思う。
彼が喪服の様な黒いローブを纏っているのに比べ、私は中は普通だがパンプキンをモチーフにした奇抜なオレンジ色のローブを纏って来た。
勿論大切な彼らの命日を忘れた訳ではない。
「い、いらっしゃい…」
戸惑いながら部屋の中へ招く彼に小さく苦笑する。
来る前から持て成しの準備はしてあったのか直ぐに茶菓子と紅茶が出て来た。
ありがとう、とカップを手にして口元に運ぶ。
だが、懐かしい写真が目に止まって、直前でストップさせた。
「懐かしい、ね」
「あぁ、その写真かい?僕らが学生時代に唯一全員一緒に撮った写真だよね」
「そう、写真なんていっぱい撮ってたと思ったのに実際リーマス、シリウス、ピーター、ジェームズ、リリーそして私の6人が揃ってるのってそれしかなかったのよね」
クスクスと笑って、今度こそ紅茶を口に運ぶ。
うん、やっぱりリーマスの入れた紅茶は格別に美味しい。
「ねぇ、リーマス。『彼らの命日だっていうのになんて格好で来るんだ』って思ったでしょ」
「あ、いや…まぁ、多少は……」
困った時には眉を下げて頭を掻くその仕種は相変わらずなようだ。
「私、二人が殺される前に会いに行ってたの」
私は持っていたカップを音を立てて受け皿に戻し、両手を合わせて俯きながら話し出した。
「いつもの様にハリーの自慢話から始まって、沢山の事をお互いに話し合ったわ。私はちょっと時間が空いたから様子を見に来ただけだったから直ぐに帰ろうとしたの」
『元気でね。無茶はしちゃ駄目よ』
『そっちこそ。君がいなくなったらへたれ犬が煩くてしょうがないよ』
お互いにクスクスと溢れ出る笑いを抑えるように笑った。
ひとしきり笑った後、さぁ帰ろうとドアノブに手をかければジェームズから待ったがかかった。
『何?』
『君、今日が何の日か覚えてないのかい!?』
『今日?……あ!ハロウィン!』
『そうだよ!』
こんな大事な日を忘れるだなんて!とショックを受けているジェームズ。
最近は任務が刻々と激化していってたからすっかり忘れていた。
そういえば街はオレンジ色のカボチャ、ジャック・オ・ランタンで溢れてた気がしなくもない。
『まさか忘れてるとは…まぁ、いいや。トリックオアトリート!』
『お菓子なんて…』
ローブのポケットをガサガサと漁る。
すると一つの何かに手が触れた。
『あら、良い物があったわ』
『なんだい?それは』
『マグルのお菓子なんだけどね。舐めると色が変わるのよ』
凄いでしょ?と包みに入ったそれをいくつか手渡せばジェームズはしげしげとそれを眺める。
『本当かい?』
『嘘言ってもしょうがないでしょ!』
魔法がかけられてないか疑っているのかいっこうに口の中に入れない。
確かにこの赤さ具合は毒々しい物があるがそれは失礼じゃないか。
『食べたら笑いが止まらなくなるとか…』
『面倒臭い人ね!貸してっ』
ジェームズの手の平の飴を一つ引ったくって自分の口の中にほうり込む。
少しの間舐めた後、口を開けて色が変わり始めた飴の様子を見せてやった。
『凄い、凄いよ!マグルってそんな事も出来るんだね!』
『そうよ。じゃ、私の方からもトリックオアトリート』
よし来た!と手の中の飴を一つ口の中にほうり込んで残りを右ポケットにしまい、今度は反対の左ポケットから怪しげなパッケージをしたお菓子を取り出す。
明らかに悪戯関連の物だろう。
『効能は?』
『んー…一時間は頭が虹色になる、はず』
コロコロと口の中でさっき入れた飴玉を転がしているからそっちに注意が行ってるのか曖昧な返事。
『これを私に食べろって?』
『いやいや、好きにしてくれて構わないよ』
ニヤリと笑うジェームズ。
これは誰かに使え、という事だろう。
『わかったわ』
こちらもニヤリと返してやった。
リーマスになんか使ったら笑顔で殺されそうだしシリウスかセブルス辺りにでも使ってやろう。
『ねぇ、』
さっきまでのニタリ顔は何処へやら。急に真剣な空気を纏って話し掛けて来た。
『今日は僕ら悪戯仕掛け人の日と言っても過言じゃない日だろう?』
学生時代の彼らのハロウィンと言えば散々悪戯し放題で完全なる無法地帯だった。
『もし悪戯仕掛け人の誰かが一人でも欠けてもこの日は絶対皆で笑って過ごして欲しいんだ』
今年は忙しくて出来なかったけれど。
『そうね、分かった。来年からは盛大にパーティーでも開きましょ!悪戯仕掛け人の日として』
ホッとしたように大きくうん、と頷いた。
『そうだ!飴、色変わった!?』
『リリーにでも見てもらいなさいな。じゃあ、私は帰るわよ』
『うん、じゃあね!』
早速リリー!と叫びながらリビングへ駆けていけば案の定ハリーが起きちゃうでしょ!と彼女に怒られていた。
微笑ましい光景にクスクスと笑いながらから私はポッター家を後にした。
まさか悪戯仕掛け人の日と宣ったその日の内に彼らが死んでしまうとは思いもせずに。
「私、約束したの。笑顔で過ごすって」
だから、泣かない。
「……………」
リーマスは黙ってしまった。
今の話しに、色々思う事があったのだろう。
「18247」
「え…?」
「闇陣営との闘いで亡くなった人の数」
哀しい戦争が巻き起こした犠牲者達。
「きっとね、彼ら全員を弔ってたらいつまでも私達は笑顔になれないの。毎日毎日喪服を来て、泣き腫らして。結局は自己満足にしかならないわ」
「そんな……?」
「それなのに、それなのになんで涙が出てくるのよ…!」
生暖かい水が私の頬を伝うのを確かに感じた。
ポタリ、ポタリと落ちて地面に小さな染みを作っては直ぐに消える。
リーマスは両手で顔を覆う私を優しく抱きしめてくれた。
「名前……来年からは僕らで一緒に祝おう。今度こそ、約束だ」
肩越しに彼からも鳴咽が聞こえたのは気のせいじゃなかったと思う。
ごめんなさい、ジェームズ。
貴方との約束、破ってしまって。
でも、来年からは、来年からは絶対祝うから。今年は見逃してちょうだい。
さようなら、大切な人達。
暖かい沢山の想い出をありがとう。
反省文
相変わらず話に纏まりがありません。
ジェームズとの約束の為、仮装紛いの事をして行ったにも関わらずあっさり涙。
犠牲者の数は完全に朔の捏造です。
実際はどれくらいの被害者がいたんでしょうかね。
ヒロインちゃんは一応シリウスと婚約してたという裏設定があったりなかったり。
それすらも振り払って前に進もうとしてます。
あ、このお話はフリーです。
再配布、改変及び自作発言しなければどうぞご自由に。
ご報告もリンクも任意でどうぞ。
ジェームズとリリー、二人に安らかな眠りがあらん事を。
2008.10.31(執筆日) 猫又
朔